やまざき鉄道ひろば
[トップページ]
[地図]
[アイコン列車一覧]
[アイコン車両一覧]
[ウォークレポート]
[旅行・鉄道模型等]
[ウォークマップ]
[ブログ]
[動画トップ(別窓)]
[プロフィール]
[リンク集]
[サイトマップ]
現在地: トップページ ブログ

■カテゴリ別インデックス
ウォークレポート・ウォークマップ
沿線観光・鉄道施設
旅行・行事・親睦会
鉄道模型・鉄道グッズ
■カテゴリ別アーカイブ
鉄道ひろば情報 ウォークマップ ウォークレポート 沿線観光・沿線イベント
鉄道施設・車両・車窓 旅行・行事・親睦会 創作・制作
鉄道模型・鉄道グッズ カプセルトイ・食玩
土産・名産・特産 食べ物・飲み物 雑記 あしあと帳
ブログトップ

広告
広告

いわき市石炭・化石館 ほるる(生活館・湯本駅まで)

 
こちらは生活館。

 
現場に赴く旦那を見送って、自分は家事をするというのが女性の仕事だったようです。

体力的に過酷な上に重大事故での死亡や重傷も大人数になることが多かったようです。火災で延焼を防ぐためにまだ人が残っているにも関わらず水を注入したりして塞がざるを得なかった…というようなことも聞いたことがあります。

この見送りが今生の別れになることもあったと思うとなんというか…。確か映画「フラガール」でも、しずちゃん演じるダンサーのお父さんが炭鉱の工夫で、落盤事故に遭い命を落として、しかしそんな状況でもダンサーの自分を応援してくれていたお父さんのためにステージに立ったという場面があったと思います…。スパリゾートハワイアンズのダンサーは現在はプロを志す人たちが挑んでくる場所だと思いますが、最初はダンスの経験が全くない炭鉱夫の奧さんや娘さんたちが、廃れていく炭鉱の町を再興するために立ち上がったんですね…。

 
模擬坑道の昭和19年(1944年)ごろの後から女性の人形がなくなるんですが、時代が進むと坑内に入るのは男性だけになり、女性は家事に従事するようになったようです。

 
 
家事だけではなく、事務所へ行っていろいろと交渉したりするのも女性の仕事だったようです。

 
こちらは日本全国の温泉分布図。

 
こちらは明治30年代の湯本駅周辺の模型。

 
 
 
常磐線のほかに、小野田炭鉱専用線という炭鉱鉄道があったり、馬に引かせる軽便鉄道があったようです。

日本は石油はほとんどなさそうですが、石炭は意外ととれたようです。石炭が主流だったころ、国鉄の線路から石炭鉱山へ線路が引き込まれていて、採掘した石炭を鉄道で運び出していました。

ちなみに、木材を運び出す森林鉄道も全国のあちこちにありました。しかし現在は、全国いろんなところで国鉄の線路から引き込まれていた炭鉱鉄道や森林鉄道はほぼすべて姿を消しています。

 
再びロビー・エントランスを通り、外へ出ました。

 
 
陸橋を渡って、線路と県道56号線の間の道路を歩いていきます。

 
 
駅前ロータリーの周辺に彫刻があるんですが、おそらくこの1体だけ離れたところにあるようです。

 
湯本駅に到着。

 
 
そして、帰って来て記念スタンプがあったことに気が付きました…。

2時間くらいで一通り見ましたがぜんぜん時間が足りませんでしたし、またこれを押しに行かないといけませんね。(^-^)

つづく。
 
スポンサーサイト

いわき市石炭・化石館 ほるる(模擬坑道)

 
 
模擬坑道へエレベーターの扉には当時のエレベーターの様子が描かれています。

 
エレベーターを降りたところに常磐炭鉱の年表が掲載されていました。

 
この先から模擬坑道になっており、等身大の人形と音声によって鉱山の様子が再現されています。

 
こちらは江戸時代(安政3年(1856年))の頃の採掘「狸掘り」の様子。夫婦が一組で手作業で採掘に携わっていたようです。それにしても、夫婦とはいえ女性が上半身裸って、今では考えられない格好ですね…。

そういえば、NHKの朝ドラ「あまちゃん」で、ヒロインの秋ちゃんが見習いのころにベテランの海女さんに「上半身裸で潜るんだ」というようなことを言われたのを真に受けて、「オラ、自信がねぇ…。やめる…。」と言って、空の湯舟に隠れて蓋までしてしまうというようなシーンがあったのを思い出しました。(笑)

 
こちらは明治5年(1872年)ごろの様子。道具が少しよくなった程度で、江戸時代とあまり変わりがないようです…。

 
こちらは昭和8年(1944年)ごろの様子。採掘と言うよりは構内を支える骨組みの工事ですかね…????

 
こちらは昭和19年(1944年)ごろの様子。トロッコに積み込んで排出していたんですね。女性の人形があるのはこのあたりまでです。

 
こちらは昭和37年(1962年)ごろの様子。トロッコも鉄製になって、重機が導入されています。

 
こちらは昭和35年(1960年)ごろの詰所の様子。

 
こちらは昭和40年(1965年)ごろの掘り進めるためのガス抜き作業の様子。メタンガスが出るそうで、これに引火して爆発を起こして坑内が崩れた状態が「落盤事故」なんでしょうね…。

 
こちらは昭和43年(1968年)ごろの様子。採掘した石炭の運搬はトロッコからベルトコンベアに代わっていったようです。

 
こちらは昭和35年(1960年)ごろの様子。メタンガスだけではなく石炭と採掘しているときに温泉が噴出すことがあるらしく、それも抜く作業が必要だったようです。

その温泉の湯は街へ供給していたようです。採掘には邪魔だった温泉のおかげで、のちに「スパリゾートハワイアンズ(旧名:常磐ハワイアンセンター)」という「炭鉱」から「観光」へ移行していくことができたんでしょうね…。

 
こちらはその温泉…ではなく、水風呂だそうです。坑内は暑く、水風呂に入り塩分を摂りながら作業をしたそうです。

 
こちらは昭和40年(1965年)ごろの狭く古い坑道を拡張する作業の様子。

 
 
こちらは鉱山救助隊の様子。メタンなどのガスが坑内に充満した場合はそのままでは入れないため、ガスマスクとボンベらしきものを背負うようです。

ガス中毒、熱水によるやけど、爆発による火災、爆発や強度不足による崩落などを考えると、常に危険と隣り合わせの劣悪な労働条件ながら日本の発展のために闘った姿が伝わりました…。

 
こちらは昭和45年(1970年)ごろの様子。掘り尽くした場所へ岩石などを充填して地盤沈下などを防いでいたようです。

 
こちらは「安全旗」といいます。ちなみに「労働衛生旗」というものもあり、そちらは緑地に白十字です。そして両方を合わせた「安全衛生旗」というものがあり、緑地に白十字の中にさらに緑十字となっています。おそらく全国どの工場でも必ず「安全衛生旗」が掲げられていると思います。

昔は「業務災害での負傷は勲章、負傷して一人前」というような意識が当たり前のように存在していたと思います。安全衛生とは「いかに負傷しないか、負傷しないためにはどうしていけばよいか」と改善するために導入された考え方です。自分も自動車工業にいたころ、安全衛生教育を受けました。安全衛生の意識の積み重ねのおかげで、短い期間でしたが重傷を負わずに無事に勤められたのかなあと思いました。

その中で「危険予知トレーニング(KYT)」というものがありますが、普段の生活にも役立ちます。確か運転免許をとった時にも「認知・判断・操作」のところで同じようなトレーニングをしたと思います。「JAF MATE」にもそういうコーナーがあります。

 
しかし後日、電灯のカバーを外して蛍光灯の様子を見てはめるときにけがをしました。なかなかはまらないカバーにイライラして、強引に押し付けて回したらプラスチックのカバーか電灯本体の金具のふちで皮膚が切れました…。こんなことを書いていたのにけがをしているあたり、まだまだ修行が足りませんね…。まあ1週間で傷がふさがる程度だったのは助かりました…。

 
 
こちらも昭和45年(1970年)ごろの様子。掘って運び出す採掘技術が効率的な感じがしました。模擬坑道はここまでです。

順路を進んで行くごとに展示物の時代が新しくなっていき、採掘技術が進歩していった様子がわかりました。しかし残念ながら、やがてエネルギーが石炭から石油の時代となっていき、炭鉱の時代は幕を閉じます。

ちなみに全国各地で国鉄の線路から鉱山の前まで引き込まれていた炭鉱鉄道の線路も次々と廃線になっていきます。

 
模擬坑道の出口には、今後の石炭の未来の資料が展示されています。

 
映像ルームもあったんですが、時間があまりなくて見ることができませんでした…。

つづく。
 

いわき市石炭・化石館 ほるる(化石展示室)

 
まずは化石の展示から。

 
こちらは「メソプゾシア」というアンモナイトの類の化石。

ちなみに「アンモナイト」とはタコ・イカの類に殻がついたような生き物とされています。現存する生き物でこれらに近いのが「オウムガイ」ですかね…。

 
こちらはケイカボク(珪化木)と呼ばれる木の化石…でしょうか…????

 
化石展示室に入ります。

 
イワキクジラなど大型の骨格の展示があります。中には触っていいものもあります。

 
こちらは「アルバートサウルス」「ティラノサウルス」「トリケラトプス」の骨格。

 
こちらは恐竜の糞の化石。臭いませんし、触ってもくっつきません。(笑)

 
こちらは恐竜の卵の化石。糞の化石同様、触れます。

 
こちらは「オルソスフィンテクス」という「アンモナイト」の化石。

 
このほかにもたくさんの骨格や化石が展示されています。

 
 
階段を上がって、学習標本展示室へ行きます。

 
こちらはいわき周辺の地層の模型。

 
 
ボタンを押すとせりあがって地層がどうなっているのか見ることができます。

 
 
いわき周辺の堆積した岩石や鉱物の標本がずらりと展示されています。

 
モニタを見て学習する場所があります。

 
 
こちらは全国各地の石炭と鉱物の展示。いろんな石が採れるんですね…。時間的に詳しく見ることができなかったんですが、よく墓石に使われる花崗岩とかもあると思います。

 
模擬坑道のほうへ行きます。壁には工夫のシルエットが…。

 
外へ出られるようになっていますが、この先へ行くと時間がかかりそうだったので行くのをやめました。館内に戻ります。ただ何があったのか気になりました。

 
振り向くとおそらく昔のエレベーターのものと思われる櫓が見えました。実は常磐線をまたぐ陸橋からも見えます。

つづく。
 

いわき市石炭・化石館 ほるる(「ほるる」まで・ロビー・エントランス)

 
湯本駅を出発。

 
県道158号線を歩いて交差点に出ます。交差点には温泉のモニュメントがあります。

 
県道56号線を歩いていきます。

 
県道14号線の陸橋を歩いていきます。建て替え中ですね。この関係で現在(2015/9/27時点)では湯本駅の電車が見えません…。

 
いわき方面からE501系電車が走っていきました。

 
 
途中に休憩スペースがあって、完成予想の絵が掲載されています。

 
いわき市石炭・化石館「ほるる」に到着。

 
 
駐車場の一角に「D51型蒸気機関車(デゴイチ)」が静態保存されています。

石炭を燃やして水蒸気の力で動くし炭鉱から石炭の運搬にも活躍したので、展示は当然ですね。

ただこんな敷地の端っこじゃなくて駐車場の真ん中とかにしていただきたいものです。(笑)

それと個人的には、デゴイチ(D51型蒸気機関車)と一緒に、いろんな形式の石炭専用の貨物車も展示していただけるとよかったですが、敷地が足りないし、テーマから脱線していまいますかね…???? 6(^-^;;;;)

 
階段を上がって運転台のところまで行くことができます。

 
D51はテンダ式といって、機関車の後ろに石炭と水を載せる車両があります。

機関車本体に積んでいるのがタンク式といいます。機関車と、石炭・水が分かれているテンダ式のほうがたくさん積めます。

 
 
こんな小さな窓から前方を見ていたんですね…。窓が小さい上に前に大きな窯があるという状況で、よく前方をチェックできたもんです…。

 
こちらは「フタバスズキリュウ」の彫刻。噴水の池の中央にあります。

 
こちらは常磐炭田を発見し、近代産業の主要なエネルギーにした「石炭の父」と呼ばれる、江戸時代の商人「片寄 平蔵(かたよせ へいぞう)」の銅像。

 
出入口の左側には巨大なポスターがあります。

 
入場券を買いました。大人一枚650円(2015/9/27時点)です。

 
館内に入ります。

 
ロビー・エントランスで「フタバスズキリュウ」の骨格がお出迎えです。

つづく。
 

常磐線ウォーク((下船尾橋手前)=>湯本)

 
県道20号線を歩いていきます。

 
下船尾交差点から国道6号線(陸前浜街道)になります。ここは東京から193kmの場所。

 
 
アジサイが咲いていました。アジサイも種類や色が様々です。

 
 
国道6号線(陸前浜街道)を歩いていきます。

 
 
常磐交番前交差点で県道48号線に入り、藤原川の支流を渡って線路沿いに出ます。

 
踏切を渡ります。

 
 
藤原川の支流の土手を歩いていきます。

 
橋の手前にアジサイの花が咲いていました。

 
ここで電車が来てほしかったんですが、やはり都合よく来ませんでした…。(笑)

 
湯本駅に到着。

 
駅前ロータリーに面した駐車場のフェンスには、映画「フラガール」の主演 蒼井 優さんの写真がプリントされたのぼりが立てられていました。

つづく。
 

常磐線ウォーク(泉=>(下船尾橋手前))

 
 
県道240号線を歩いていき、泉町交差点で県道20号線に入ります。

 
しばらく歩いてトンネルを通るんですが、ここから見ると歩道があるのかどうかわかりません…。

 
 
 
トンネルの手前で泉駅から小名浜港へ向かって延びている福島臨海鉄道の線路の上を通ります。泉駅まで福島臨海鉄道のディーゼル機関車が貨物を運んで、そこからJRの電気機関車が運ぶようです。

 
 
トンネルにはちゃんと歩道がありました。

 
 
こちらの信号機は超薄型でした。LEDだとここまで薄型にできるんですね…。

 
県道20号線を歩いていきます。

 
 
植え込みには花が咲いていました。この紫色の花は少し前でも見ました。

 
さらに県道20号線を歩いていきます。

 
 
湯本・いわき方面に向かって415系電車が走っていきました。

 
まださらに県道20号線を歩いていきます。そう簡単に湯本駅には着きません…。(笑)

 
藤原川の支流を渡ります。

 
さらに県道20号線を歩いていきます。

 
 
 
藤原川を渡ります。橋には金属の彫刻がはめ込まれていました。

つづく。
 

うんうん、これはなかなか楽しい。(その3)

 
理論上もっとも重い Uuo(ウンウンオクチウム)まで完成したとこのとです。

 
 
アプリを立ち上げて最新バージョンをダウンロードします。

 
オンラインの周期表を開いて Uuo(ウンウンオクチウム)をクリックします。

http://www.tel.co.jp/genso/periodic/index.html

 
 
Uuo(ウンウンオクチウム)のアニメを見ることができました。

ただ、ハードに負荷をかけるようなプログラミングのせいか、ハードが弱いせいかわかりませんが、機械自体が熱くなって、長時間やっているとフリーズしてしまい、1回フリーズしてしまうと一度スマホを再起動させないと動作しなくなります…。毎日少しずつ見た方が頭に入りやすくなると思いますので、5本くらい見たら休憩させたほうがいいかも知れません…。

このコンテンツはたぶんこれで完結編だと思いますが、まだまだ勉強ですね。あ、元素の解明が進めば更新があるかも知れませんね…。

つづく。
 

ウォーキングマップ更新…といきたかったんですが、まさかの風邪っぴきに…。

というわけで、今週末はとても沿線ウォークに行ける体調ではなく…。

先週の土曜日は飲み会で行くことができず、そのかわりに昼に川越まつりを見てきて、そして日曜日も見てきました。

 
本川越駅方面から自動車を引き連れて脇田町の「家康の山車」がやってきました。さらに奥には西武新宿線のレッドアロー号が走っているのがわかります。

 
東武東上線・JR川越線をまたぐ歩道橋をくぐって会所で休憩していました。

 
鐘つき通りの時の鐘の釣鐘がライトアップされていました。

 
お囃子合戦もクライマックス!暗くてどこの山車か区別がつかなかったんですが、いい位置で撮ることができました。

連雀町交差点や、蔵造りの町並みがある仲町交差点から札ノ辻交差点までの県道39号線は一番混雑します。

 
鈿女(うずめ)会囃子連ではタヌキが踊ってました。(笑)

 
実は自分が見ているあいだ、東武東上線が人身事故で運転見合わせしていました…。帰るころには動いていましたが、なかなか来なくて珍しく混みました…。

 
川越まつりの日の夜は意外と冷えていたせいか、今週末は風邪をひいてしまいました…。鉄道オタクのくせに鉄道以外のイベントで風邪をひくとは本末転倒な感じがしないでもないですが、まあいいでしょう…。(笑)

 
そしてオマケ。昨日、家に帰ってきたら、バッタがいたので捕獲しました。外へ逃がしてやったんですが、マンションの階段のところで蜘蛛の巣にひっかかったりしていたので、結局、階段を下りた外の植え込みに逃がしました。夜にバッタを逃がすために四苦八苦しているところでだれも通らなくてよかったです…。(笑)

9月、10月は用事や悪天候でなかなか行くことができず、今週末やっと行けると思ったら、風邪をひくというところがなんというか…。気が付くと寒くなっているこの時期、どうも風邪をひきやすいのです…。6(_ _;;;;)

しかし来週こそはなんとか行きたいです。ただ東北方面なので、11月はもうかなり寒くなっていて、今年は福島駅までが限界ですかね…。

ということで、また来週…。

つづく。
 

KIRIN本搾り(秋柑)

 
KIRIN本搾り(秋柑)を買いました。

秋柑という果物があるのか、造語なのかわかりませんが、おいしかったです。(^-^)

つづく。
 

TaKaRa缶チューハイ(果実入りチューハイすりおろし和梨)

 
TaKaRa缶チューハイ(果実入りチューハイすりおろし和梨)を買いました。

気のせいでなければ、果肉のシャリシャリ感がありました。

おいしかったです。(^-^)

つづく。
 

マッサンの酒…じゃなくて、JAよいち認定 チューハイりんごのほっぺ

 
「JAよいち認定 チューハイりんごのほっぺ」を買いました。

ニッカと同じ、北海道の余市町ですが、たぶんマッサンの酒じゃないです。(笑)

ニッカは「日本果汁」の略なので、文字通り最初はリンゴジュースをつくっていました。朝ドラでもマッサンがお世話になっていたニシン御殿の親方の弟がリンゴ農家でしたね。

そう考えると、「マッサンの酒」の流れではあるかなあと…。

細かいことはこのへんにしておいて、やっぱりおいしかったです。(^-^)

つづく。
 

マッサンの酒(その5)

 
スーパーニッカ復刻版を買いました。確か朝ドラが終わった今年の春あたりから売り出されていたと思いますが、自分が買ったのは最近になりました。

 
 
 
 
こちらがボトルネックの資料。当時のボトルの写真も載っています。

 
ブラックニッカ復刻版、ハイニッカ復刻版、スーパーニッカ復刻版とまあよく頑張りました…。(笑)

朝ドラ思い出しますね…。「エリー」はかわいかったですね。(*^-^*)

つづく。
 

いちじく

 
おとなりさんからいちじくをいただきました。

 
夕食のときに食べました。

 
 
ひとりふたつずつです。

実は食べた物が「実」だと思っていたら「花」だったという話が...。正確には、果肉だと思っていた部分が、小果(しょうか)と花托(かたく)というらしく、「実のような、花のような...。」といったところでしょうかね...。

それはともかく、ありがとうございました。(^-^)

つづく。
 

ウォーキングマップ更新…の代わりに、川越まつり など

 
東武東上線 川越市駅から。線路を渡る山車は見かけませんでしたが、お祭りの格好をした方々を見かけました。

 
案内のパンフレットをいただきました。これがあると、後でレポートをまとめるのに楽です。

 
 
 
こちらは連雀町の「道灌の山車」。ちなみに「道灌」とは、室町時代後期から江戸時代前期の武将、「太田 道灌(おおた どうかん)」のことで、中心になって江戸城築城を指揮した人物のようです。

 
こちらは松江町二丁目の浦島太郎の人形。これが山車の上に乗ります。今年、松江町二丁目は山車を出さないようで、こちらに飾られています。

 
山車がなくても、舞台で踊ります。

 
時の鐘の櫓が見えました。

 
時の鐘の櫓の真下から上を見上げると上に行けるようになっているのがわかりますが、梯子が外されていて一般客は行くことはできません。

 
川越まつり会館のショーケースには山車の模型やお面が展示されています。

 
川越市役所前の駐車場に山車が展示されていたんですが、最後の1台が片づけられているところでした。

 
西武新宿線 本川越駅前は人がいっぱいでした…。

 
川越市駅に向かう途中でお神輿が通り過ぎていきました。川越駅はクレアモールが狭く、人が多くて行くのをやめたんですが、本川越駅から川越市駅へ向かう道も人がたくさんで進むのが大変でした…。

 
そして池袋駅へ行き、飲み友達と合流。実は19歳とか20歳くらいのころ、このメンバーで川越まつりへ行ったことがあります。ちなみにスマホどころか、デジカメもガラケーもインターネットも世の中に普及していないころです。実は「川越まつりで小江戸ビールを飲みながらまわって、出来上がって参上!」という手も考えたんですが、さすがにそこまで体を張るのはもうムリなお歳ですね…。(笑)

 
西口公園ではアイドルのコンサートが行われていました。一部、周りがひくような「ヲタ芸」がすごかったです…。

 
最初のお店でビール2杯。

 
世界の山ちゃんはいっぱいで入れず…。

 
最後のお店でハイボール1杯。最近飲み過ぎるとおなかを壊しますので、もうこのくらいが限界です…。お金をかけて飲んで翌日の行動が厳しいということを考えると、飲み過ぎは非効率ですね…。

お祭りは今日もあります。また夕方、ちょっと散歩をしてこようかと思います。

つづく。
 

泉駅(常磐線電車)

 
 
 
 
湯本・いわき方面に向かって特急ひたち号のE657系電車が発車しました。

 
 
 
 
湯本・いわき方面に向かってE501系電車が発車しました。

 
 
 
勿来・高萩・水戸・友部・土浦または、友部から水戸線の笠間・下館・小山方面へ向かう415系電車が到着しました。

 
 
発車しました。

 
 
勿来・高萩・水戸・土浦・取手・上野・東京・品川方面へ向かう特急ひたち号のE657系電車が到着しました。

 
 
 
発車しました。

つづく。
 

泉駅(駅舎・福島臨海鉄道)

 
こちらは南口(2015/6/20)。駅舎は船っぽいデザインです。

 
街灯のデザインはカモメですね…。

 
広場にはモニュメントがあります。

 
小名浜港は南口方面です。

 
南北連絡がかなり長いです…。というのも福島臨海鉄道の線路があるからなんですが…。

 
こちらは北口(2015/9/27)。

 
 
北口には本物かどうかわかりませんが、碇のモニュメントがあります。

 
こちらが改札口。福島臨海鉄道の線路がある関係で、南口の方が近いです。

 
改札口を入ってすぐの待合室の前に、スパリゾートハワイアンズ(旧名:常磐ハワイアンセンター)のものと思われる記念撮影用パネルがあります。

 
 
こちらが福島臨海鉄道の貨物線。2015/9/27はすでに発車してしまっていて、電車の中ですれちがいました。

 
こちらは2015/6/20に駅の西側の歩道橋から撮った写真。こちらがおそらく2015/9/27に電車の中ですれちがったのと同時刻のEH500型電気機関車に引かれたタンク貨物列車かホッパ貨物列車。

つづく。
 

常磐線ウォーク((常磐線トンネル入口付近)=>泉)

 
 
 
 
 
森を抜けて田園地帯に出ます。通る抜けられるのか心配していましたが、JR水戸支社の自動車に追い抜かれたので行けるかなと思いました。

 
 
泉・湯本・いわき方面に向って特急ひたち号のE657系電車が走っていきました。

 
こちらの踏切は渡らずに線路沿いを歩いていきます。

 
こちらの踏切を渡ります。

 
 
線路沿いを離れて、しばらく歩いて釜戸川を渡ります。

 
水がきれいです。

 
線路沿いに出ます。

 
泉駅にEH500型電気機関車と特急ひたち号のE657系電車が見えます。

 
湯本・いわき方面に向かう415系電車が到着しました。

 
勿来・水戸・土浦・取手・上野・東京・品川方面に向って特急ひたち号のE657系電車が走っていきました。

 
EH500型電気機関車に引かれたタンク貨物列車かホッパ貨物列車はまだ動き出しません。

 
湯本・いわき方面に向かって「ニューなのはな」の485系電車が走っていきました。

 
泉駅に到着。駅舎は船っぽいデザインです。

 
街灯のデザインはカモメですね…。

 
広場にはモニュメントがあります。

つづく。
 

常磐線ウォーク(植田=>(常磐線トンネル入口付近))

 
線路沿いを歩いていきます。

 
県道10号線・県道56号線をくぐります。

 
勿来・高萩・日立・勝田・水戸・土浦方面に向ってE501系電車が走っていきました。

 
渋川を渡ります。ここでE501系電車が来てほしかったんですが、そううまくはいきません…。(笑)

 
 
泉・湯本・いわき方面に向って特急ひたち号のE657系電車が走っていきました。

 
撮ることはできなかったんですが、このあたりで近くにいたカモが急に飛び立ちました。自分もそれに焦ったんですが、自分が原因だったようです…。

 
水中をよく見るとタニシとかザリガニがいたりします。近寄るとすぐに逃げられてしまって撮ることができませんでした。

 
 
サギもいました。結構離れているんですが、自分の動きを察知してか飛んでいってしまいます…。

 
 
踏切を渡って県道56号線へ出ます。

 
線路がわりと遠くまで見えます。

 
勿来・水戸・土浦・取手・上野・東京・品川方面に向って特急ひたち号のE657系電車が走っていきました。

 
泉・湯本・いわき方面に向って415系電車が走っていきました。

 
渋川沿いの県道56号線の歩道を歩いていきます。

 
 
県道56号線沿いの乗馬クラブの出入口には、白い馬がいました。

 
片側特急電車と普通電車が1時間に1本ずつのため、なかなか電車は撮れません…。

 
 
県道56号線を外れて線路が通る方へ行きます。このあたりでウグイスの鳴き声が聞こえました。しかし森を見渡してもまず見つけることができなかったです。ところでウグイスってどんな鳥だったか調べてみたら、一見スズメのような形です。

 
 
電車を撮るのによさそうな場所だったんですが、ここで電車がタイミングよく来てくれませんでした…。

つづく。
 

常磐線ウォーク(勿来=>植田)

 
国道6号線(陸前浜街道)を歩いていきます。ところがわざわざ海側の歩道を歩いたのに、四津沢交差点で国道6号線(常磐バイパス)に阻まれて県道56号線(陸前浜街道)に行けないことがわかりました。

 
横断歩道もないので仕方なく自動車の様子を見ながら反対側の歩道へ行きました。

 
蛭田川を渡ります。

 
県道56号線(陸前浜街道)を歩いていきます。

 
 
県道56号線(陸前浜街道)を外れて線路沿いを歩きます。

 
構造が川を渡る鉄橋なのに、川が流れていないという感じの場所がありました。

 
高萩・水戸・友部・常磐線土浦・または水戸線笠間・下館・小山方面に向って415系電車が走っていきました。

 
 
県道56号線(陸前浜街道)に出ます。

 
 
鮫川にかかる鮫川橋は架け替えられていて、古い方の跡が残されていました。

 
常磐線の鉄橋の古い架線柱には、つるものの植物が生い茂っていました。

 
高萩・水戸・土浦・取手・上野・東京・品川方面に向って特急ひたち号のE657系電車が走っていきました。

 
植田駅はもうすぐです。

 
こちらも古い橋の方の痕跡が残されていました。

 
旧道と新道の間はちょっとした休憩スペースとして残されています。

 
県道56号線(陸前浜街道)を外れて線路沿いを歩きます。

 
植田駅に到着。

つづく。
 

ウォーキングマップ更新…のはずが…。3連休はどこへも行けず…。

 
土曜日、髪を切った後に雑誌を読んでいたらこちらを見つけました。お彼岸のときにお墓でハチ退治をしたときにこれを着てやったほうがより安全だったかなあと思いました。チャックの閉め忘れと、ハチが付着していることに気がつかずに開けてしまうことに気を付けないといけませんね…。

 
昼食は髪を切ってからになってしまって16時ごろに…。「てんや」で「大エビ天そば」を食べました。夕食を考えると天丼はちょっと厳しかったですね…。

 
 
エビ天の大きさはどうかなと思ったんですが、しっぽが大きかったので、そんなに「衣天」ではありませんでした。おそらく衣が大きいのにしっぽが小さい場合は、やたらと衣を付け加えている「衣天」の可能性が高いと思います。

 
池袋では「ふくろまつり」のよさこいが行われていました。雨が降りそうなくらい空がだいぶ暗かったのと、買い物をして物を持っていたため、写真はこれだけです。

 
こちらはC3(シーキューブ)のロールケーキ!これを買った後でよさこいの衣装を着た子供を見かけたため、「ふくろまつり」に気が付きました。だからあまりうろうろできず…。

このC3というお菓子のお店はティラミスが有名なところのようですが、母の「帰りにロールケーキ買ってきて!」というご要望にお応えして、ロールケーキを買ってまいりました。

 
食事を済ませて、最後に買ってきたロールケーキを切って食べました。

 
どこで切るかちょっと迷いました…。あまり食べ過ぎると太るので…。(笑)

 
とりあえずこのくらいにしました。スポンジがふわふわでおいしかったです。(^-^)

 
両親と自分の夕食後に姉がやってきて、久しぶりにうちで夕食を食べました。もちろんロールケーキも食べていきました。

日曜日、雨の予報(やはり当日も雨)で郡山駅からの続きができず、家にいました。

 
何を勘違いしていたか忘れましたが、傘のストラップを引っ張ってしまいリングを壊していました。

 
いわき旅行で勿来の関へ行ったときに、リングが壊れていてそのままにしていたことを忘れて、ストラップが落ちて同時にピンをなくしたと思っていたんですが、かばんの中にありました。

 
ちがうところから小さめのリングを工面してつけました。郡山駅からの続きをやるまえに直せてよかったです。

 
 
そしてロールケーキの残りを食べました。まだまだスポンジがふわふわでおいしかったです。(^-^)

 
 
父の机の上のPCのインクジェットプリンターのカラーインクがなくなってしまって補充を手伝ってましたが、セットして何度テストしても全くインクが出ませんでした。メンテナンスのメニューで試しにヘッドのクリーニングをしてみたら、M(マゼンタ(濃いピンクみたいな色))とY(イエロー(文字通り黄色))は出てきたんですが、C(シアン(スカイブルーみたいな色))だけは完全にダメなようでした。、結局インクはそっくりそのまま買い換えとなってしまいました。保管していた一度空になったプリンターのカートリッジだったからだと思います。補充するときは切れた直後のカートリッジを使わないとだめですね…。

「沿線ウォーキング」のときはルートを検索して編集したGoogleMapをプリントアウトします。ちなみに地図は日なたでは明るすぎて見えなくなるスマホよりもプリントアウトのもののほうが使いやすいです。

月曜日は次の日が仕事なので、丸一日の歩きは体力的に厳しく中途半端にしかやれなくなるので、次回に持ち越しとなりました…。ちなみに、次の土曜日も別の用事があります…。

つづく。
 

勿来駅

 
 
ロータリー中央にはちょっとした広場があります。

 
こちらは「源 義家(八幡太郎)」像。

 
こちらは「源 義家(八幡太郎)」の短歌の歌碑。

 
こちらが駅舎。

 
入口のところに東北の駅百選選定駅の札がかかっています。

 
ちょっと広めの待合室になっています。

 
 
 
磯原・高萩・水戸・友部・土浦または、友部から水戸線の笠間・下館・小山方面へ向かってE501系電車が発車しました。

 
 
 
 
泉・湯本・いわき方面に向かって特急ひたち号のE657系電車が発車しました。

 
 
 
高萩・水戸・土浦・取手・上野・東京・品川方面に向って特急ひたち号のE657系電車が走っていきました。

 
 
泉・湯本・いわき方面に向かう501系電車が到着しました。

つづく。
 

勿来の関公園(勿来駅まで)

 
勿来の関跡を出て、坂を下りていきます。勿来駅まであと○○kmの看板がずっと建っていて、紹介されている歴史上の人物がちがいます。

 
大きな松の木が道路の両側にあります。

 
右に分かれる道がありますが、まっすぐ歩いていきます。

 
こちらにも石碑があり、森の中へ歩いていけそうなのですが、ちょっと行けないですね…。

 
国民宿舎勿来の関荘の入口付近を通り過ぎます。

 
だいぶ坂を下ったところで森を抜けます。

 
 
 
住宅地を抜けると勿来駅の駅舎がないほうの駅前ロータリーに出ます。

 
こちらにも石碑が3つもあります。

 
 
磯原・高萩・日立・勝田・水戸方面に向かってE501系電車が発車しました。

 
勿来駅に到着。

正直なところ、沿線ウォークのついでに寄った方が楽だったかなあと思いました…。

つづく。
 

勿来の関公園(勿来の関跡石碑群)

 
 
こちらは勿来の関跡の「源 義家(八幡太郎)」像。こちらは兜をかぶっています。

 
こちらは勿来の関跡の石碑。このほかにも源 義家にちなんだ幅広い時代の作家たちの作家の歌碑、句碑、詩碑があります。

 
こちらは「碑陰文」という詩碑。

 
合っているのかよくわからなかったんですが、一応配置図があります。

 
坂を上がっていきます。

 
こちらは「斎藤 茂吉」の歌碑。

 
こちらは「永野 修身」の句碑。

 
こちらは「海上 比佐子」の歌碑。

 
こちらは「飛鳥井 宗勝」の歌碑。

 
こちらは「源 師賢(みなもとのもろかた)」の歌碑。

 
こちらは「室桜関詩碑」。

 
こちらは「和泉式部」の歌碑。

 
こちらは「小野 小町」の歌碑。

 
こちらは「杉 孫七郎」の詩碑。

 
こちらは「源 信明(みなもとのさねあきら)」の歌碑。

 
こちらは「松尾 芭蕉」の句碑。

 
坂を上がると少し広い場所に出てきます。ちなみにこの建物は「勿来関文学歴史館」です。

 
こちらから正面のほうに行き来ができるようです。

 
中央は「田中 智学」の「源義家顕彰碑」。

 
そして向かって右にあるのが「源 義家」の歌碑。

 
こちらは「勿来関冠題詩碑」。

 
配置図を見ると、勿来の関跡以外の場所にも石碑があるようでした…。ここですべてを見ることができないという…。またいつか来なければいけませんね…。(笑)

つづく。
 

勿来の関公園(吹風殿・勿来関文学歴史館)

 
 
さらに上がっていくとわりと広い駐車場が見えてきます。

 
 
勿来八景の石碑があります。地図を見た限りではすべて行くのには自動車が必要な感じですね…。

 
 
 
 
こちらは勿来の関体験学習施設の「吹風殿」。文化財ではなくて公民館のような施設のようです。

 
 
「勿来関文学歴史館」の前を道なりに通り過ぎていきます。

 
途中で合流しているところを過ぎてさらに歩いていきます。

 
道路の左わきには遊歩道があります。

 
ようやく門の前にたどり着きました。

 
こちらは「勿来関」の石碑。

つづく。
 

勿来の関公園(勿来駅から)

 
勿来駅を出発。

 
ロータリーには源義家像や義家の歌碑以外に、彫刻があります。

 
国道6号線(陸前浜街道)を茨城県方面に向かって歩いていきます。

 
 
地下道をくぐって、国道6号線(陸前浜街道)方面へ行きます。

 
 
「非核平和宣言都市・いわき市」の看板が建っているところは花壇になっています。

 
 
国道6号線(陸前浜街道)を歩いていきます。

 
勿来関検問所がありますが、中に人はいませんでした。

 
 
関所の門をモチーフにしたゲートをくぐって、さらに常磐線のガードをくぐります。

 
丘を登っていきます。ここからあと1kmもあるように思えなかったんですが、駅からは意外と遠い場所なんですね…。

 
だいぶ上がったところに広場があります。

 
 
 
広場から階段を上がっていくと展望台があります。

 
実はこの日(2015/9/27)は、小雨が降るような空で景色は今一つでしたが、晴れると海がよく見えるんでしょうね…。

つづく。
 

東京駅開業100周年記念Suica

 
自分が買ったのではなく、母が趣味のサークルの方に頼んでいた「東京駅開業100周年記念Suica」を見せてくれました。

 
 
こちらが付属の資料。東京駅の年表が載っています。

去年はこの記念Suicaの購入のことで行列やネットオークションなどいろいろと問題が起こって、「限定9000枚」とかだったのが、結局「希望者全員」になりましたね。

鉄道オタクのくせに、自分はもうどうでもいいと思っていたんですが、まさか母が頼んでいたのは意外でした…。

つづく。
 

でかいなしなっしー

 
父方の義理の叔父から「にいたか」をいただきました。

 
おじま農園というところで生産されたようです。

 
ひとつひとつが大きいです。

 
皮をむいて切り分けた様子。これで半たまくらいです。いつものお皿によりも大きなものにしないと、ひとつ分盛れないです。

 
2段重ねになっています。あっという間に2段目に突入!

 
 
 
毎食のように梨を食べました。本当に梨だけでおなかがいっぱいになれます…。

ありがとうございました。(^-^)

つづく。
 

フラおじさんらんぐどしゃ

 
「フラおじさんらんぐどしゃ」を買いました。

フラの格好をしたおじさんというデザインで、日焼けをしているんですが、ランニングシャツのところだけ色が白いという…。こんなおもしろいことをだれが考えたんでしょうね…。(笑)

 
箱の裏側には「フラおじさん」のプロフィールが載っています。さりげなくいわき市の特産などをPRしているという…。

 
 
 
プリントされているデザインは3種類ありました。

おもしろくておいしかったです。(^-^)

つづく。
 

ウォーキングマップ更新…と見せかけて、いわき旅行(後編)

 
まずは、化石の展示から。

 
イワキクジラなど大型の骨格の展示があります。中には触っていいものもあります。

 
エレベーターの扉には当時のエレベーターの様子が描かれています。

地下へ降りたところに、石炭鉱山の展示があり、等身大の人形と音声によって鉱山の様子が再現されています。

 
こちらは江戸時代(安政年間)の頃の掘削の様子。夫婦が一組で手作業で採掘に携わっていたようです。それにしても、夫婦とはいえ女性が上半身裸って、今では考えられない格好ですね…。

そういえば、NHKの朝ドラ「あまちゃん」で、ヒロインの秋ちゃんが見習いのころにベテランの海女さんに「上半身裸で潜るんだ」というようなことを言われたのを真に受けて、「オラ、自信がねぇ…。やめる…。」と言って、空の湯舟に隠れて蓋までしてしまうというようなシーンがあったのを思い出しました。(笑)

 
順路を進んで行くごとに展示物の時代が新しくなっていき、採掘が機械化されていった様子がわかります。

 
 
時代が進むにつれ、坑内に入るのは男性だけになり、女性は家事に従事するようになったようです。

過酷な上に落盤事故などで命を落とすことも多く、劣悪な労働条件のなか日本の発展のために闘った姿が伝わりました…。

 
 
 
こちらは明治30年代の湯本駅周辺の模型。常磐線のほかに、小野田炭鉱専用線という炭鉱鉄道があったり、馬に引かせる軽便鉄道があったようです。

日本は石油はほとんどなさそうですが、石炭は意外ととれました。石炭が主流だったころ、国鉄の線路から石炭鉱山へ線路が引き込まれていて、採掘した石炭を鉄道で運び出していました。

ちなみに、木材を運び出す森林鉄道も全国のあちこちにありました。

 
 
湯本駅へ戻って、電車が来るまでいわき方面のホームにある足湯に浸かって足をほぐしていました。

 
磐城平城は、17:00までで、自分が駅に到着したのが、16:50。警備員の方に、「もう終わりました。」と言われてしまいました…。

 
あまりおなかが空かず、夕食はコーンスープだけにしました。こういうときに缶入りのコーンスープは助かります。

やっと、常磐線ウォークのときに気になっていた場所に行くことができました。いわき市石炭・化石館は湯本駅から近かったし内容がかなり濃かったので今回のほうがよかったんですが、勿来の関公園はあのときついでに寄った方が楽だったかなあと思いました…。

沿線ウォークは進みませんでしたが、いろいろと勉強になりました。

つづく。
 

ウォーキングマップ更新…と見せかけて、いわき旅行(前編)

というわけでウォーキングマップはなしです。

 
上野駅から特急ひたち号に乗りました。

 
こちらは勿来駅前の「源 義家(八幡太郎)」像。勿来駅から勿来の関公園まで歩いていくことにしました。

 
こちらは国道6号線(陸前浜街道)にある勿来の関公園の入口。常磐線のガードをくぐって丘を登っていきます。

 
こちらは勿来の関跡の「源 義家(八幡太郎)」像。こちらは兜をかぶっています。

 
こちらは勿来の関跡の石碑。このほかにも源 義家にちなんだ幅広い時代の作家の歌碑、句碑、詩碑があります。

 
こちらが源 義家の歌碑。

 
勿来の関から勿来駅へ戻って、電車で泉駅へ。駅北口には本物かどうかわかりませんが、碇のモニュメントがあります。

 
電車で湯本駅へ移動して、昼食はミートスパゲティ。

 
そしてアイスコーヒーにデザート。冷たい食べものが続きました…。コーヒーはホットにすればよかったですね…。

 
こちらは「いわき市石炭・化石館」の敷地内に静態保存されている「D51型蒸気機関車(デゴイチ)」。石炭を燃やして水蒸気の力で動くし炭鉱から石炭の運搬にも活躍したので、展示は当然ですね。

 
こんな小さな窓から前方を見ていたんですね…。窓が小さい上に前に大きな窯があるという状況で、よく前方をチェックできたもんです…。

そして実は、このあと、おなかが急激な嵐に…。(°°;;;;)

昼食の前に勿来の関の往復を半袖のTシャツ姿で歩き、水分補給に冷たい牛乳を飲んでいたので、お昼のアイスコーヒーとアイスクリームよりもこちらが主な原因だったかもしれませんが、沿線ウォークの途中ではなく、石炭・化石館の敷地内だったので助かりました…。(^-^A;;;;)

つづく。
 

 | HOME |  »

アイコン製作&管理

名前:やまざき

名前:やまざき

その他もっとさらに詳しくは、
プロフィール」にて。
あと、一応「あしあと帳」も用意しました。よろしかったらどうぞ。

カレンダー

« | 2015-10 | »
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリ別アーカイブ

月別アーカイブ

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

広告など

FC2Ad

まとめ