北上駅(改札外)

こちらは北上駅西口。東北本線と北上線に乗るにはこちらが便利です。

改札口の上は鬼剣舞という伝統芸能のレリーフがあります。

券売機の隣には踏切装置があります。

こちらは待合室。結構広いです。

若山牧水の歌碑があります。

こちらは西口の東西連絡通路出入口。

意外と距離があります…。

こちらは北上駅東口。東北新幹線に乗るにはこちらが便利です。

こちらは東口の東西連絡通路出入口。

こちらは改札口。自動改札があるほうが東北新幹線です。

待合室の観光案内所のカウンターのところは名産品が展示されているようです。
つづく。
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雪(2018/1/23)


翌日は早朝から最低限の雪かきをしました。

結構積もりました…。

長靴の上から雪が入って結構濡れました…。



自動車通勤ではないので雪かきをしなくてもよかったのですが、一応しておきました。

うちの庭もこんな状態でした…。

東武東上線下板橋の車庫には雪かきされてできたと思われる雪山がありました…。
また2/1、2/2とまた雪の予報ですね…。どうなることか…。
つづく。
雪(2018/1/22)

こちらは渋谷駅東側のバスターミナル。

こちらはJR渋谷駅埼京線・湘南新宿ラインのホーム。
山手線のホームが混んでいてなかなか動かなかったので、埼京線・湘南新宿ラインに乗ることにしました。
ホーム北端の山手線に近い方は混むので、ハチ公口から一番遠い南端ホームへ行きました。
ちょっと遅れていましたが、池袋駅まで快適でした。

JR池袋駅メトロポリタン口前の広場も積もっていました。

東武東上線は入場規制が敷かれていました。

しばらく乗車をあきらめて駅構内をうろうろしようとしたら西武池袋線はもっと行列でした…。

1時間後、すぐ乗れるようになっていました。雪が積もった電車が来るなんて、池袋じゃないみたいですね…。

電車も通らない車庫線は線路のところだけが盛り上がっています。
成増駅と和光市駅の間でずいぶんと止められました…。乗る前にトイレに行っていてよかったです…。


帰りの道路は普通に通れたものの、マンションの敷地内は足が埋まりました…。
ズブズブ埋まってうまく歩けなくて、なぜか思わず笑いが止まりませんでした…。
つづく。
東北本線ウォーク(六原=>北上)


国道4号線(奥州街道(陸羽街道))へ戻ります。

国道4号線(奥州街道(陸羽街道))を歩いていきます。

金ヶ崎町から北上市へ入ります。


国道4号線(奥州街道(陸羽街道))を歩いていきます。

花巻まで17km、盛岡まで54km、青森までは256kmですか…。
国道4号線は野辺地駅や浅虫温泉駅あたりの海岸沿いを通っているものの、八戸駅よりも内陸を通ってるので、鉄道路線沿いはおそらく256kmよりももっと距離が長いはずです…。

東北本線の線路が見えました。


国道4号線から線路沿いを歩いていきます。

トラス橋がかかっていて、鉄道かと思ったら道路ですね。

線路沿いを歩いていきます。


柵のところに木があってなかなか見えないのですが、ちょっとだけ線路が見えました。

北上駅が近くなるにつれて、新幹線の高架も東北本線の線路に近くなります。

雪国特有の停止線の標識があります。

奥州街道(陸羽街道)を歩いていきます。


和賀川を渡ります。


北上駅に向かって歩いていきます。

北上駅に到着。
つづく。
東北本線ウォーク(金ヶ崎=>六原)

線路沿いを歩いていきます。

北上・花巻・矢幅・盛岡方面に向かって701系電車が走っていきました。

水沢・平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。


県道270号線(奥州街道(陸羽街道))へ入ります。

県道270号線を歩いていきます。

宿内川を渡ります。

北方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。

東北本線をくぐります。



県道270号線(奥州街道(陸羽街道))から、国道4号線(奥州街道(陸羽街道))へ入ります。

国道4号線(奥州街道(陸羽街道))を歩いていきます。

「勘九郎」とは、歌舞伎の世襲名「中村勘九郎」から来ているのでしょうか!?!?

東京から477kmですか…。



国道4号線(奥州街道(陸羽街道))を歩いていきます。


六原駅に到着。
「ろくはら」といえば「六波羅探題」とか「六波羅蜜寺」という日本史に出てくる言葉を思い出しますね…。
つづく。
東北本線ウォーク((胆沢城跡)=>金ヶ崎)



カモが飛んでいきました。

県道270号線を歩いていきます。

奥州市から金ヶ崎町へ入ります。


北方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。

北上までは12km、盛岡まではまだ61kmもあるようです…。


雲行きが怪しくなってきたと思ったら、また雨が降ってきました…。

金ヶ崎駅に到着。


駅の1階には金ヶ崎町内の企業の生産物と思われる展示があります。
つづく。
胆沢城跡

こちらが胆沢城跡の案内と道路標識。


道路標識があるところが大路が通っていた場所のようです。

こちらは石碑。

こちらは案内マップ。


現在の地図と重ね合わせて当時の配置が描かれています。


政庁前門跡の向こうが政庁地区で、その中に正殿があったようです。

南大路のほうに

その途中に建設用の足場が組まれているように見えます。

さらにその先に胆沢城跡展示紹介施設奥州市埋蔵文化調査センターがあります。
今後、公園として整備されるのかどうかわかりませんが、現在(2017/9/30)はこのような状態です。
後三年の役のころまで、この地が政治の中心だったんですね…。
つづく。
東北本線ウォーク(水沢=>(胆沢城跡))





雨が止んだところで、国道4号線を目指して歩いていきます。



陸橋を歩いて東北本線の上を通ります。

東京から468kmですか…。


国道4号線を歩いていきます。

国道4号線(水沢東バイパス)をくぐります。

国道4号線(水沢東バイパス)をくぐった先は県道270号線です。
胆沢城跡が見えてきました。
つづく。
水沢駅

こちらは水沢駅。駅舎は地上の西口のみです。

ポストの上にパラボラアンテナの彫刻があります。

こちらは改札口。


こちらは待合室。


囲炉裏を中心に囲むようにベンチがある配置です。

おそらく奥州市(旧・水沢市)名産品が展示されています。

後藤新平という政治家の出身地のようです。

この4人はコスプレでしょうか…????

小規模ですが、貨物駅でもあるようです。
つづく。
東北本線ウォーク((田園地帯)=>水沢)


北方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。


米俵を担いだ農夫の銅像があります。

農道を歩いていきます。

水沢・北上・花巻・矢幅・盛岡方面に向かって701系電車が走っていきました。


国道4号線(奥州街道(陸羽街道))をくぐります。


平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。


また雨が降る前に、水沢駅に到着。
つづく。
東北本線ウォーク(陸中折居=>(田園地帯))

農道を歩いていきます。

踏切を渡ります。

農道を歩いていきます。

平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。

稲が刈られていました。


線路沿いから農道へ出ます。

陸中折居駅を出発してしばらくして雲行きが怪しくなってきたと思ったら、やはり雨が降ってきました。


南方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。
つづく。
東北本線ウォーク((国道4号線歩道橋)=>陸中折居)


国道4号線を歩いていきます。

国道4号線を外れて農道を歩いていきます。

タンポポかと思いましたが、時期的にちがうように思いましたが、結局なんの花かわからず…。



北方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。

ここにも蓑をかぶった人が勢ぞろい!なわけはなく、稲が刈られて干されていました。

農道を歩いていきます。

水沢・北上・花巻・矢幅・盛岡方面に向かって701系電車が走っていきました。

南方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。

カメラを構えていた右手にトンボが止まりました。しばらくして飛んでいきましたが結構長く止まっていました。

陸中折居駅に到着。
つづく。
東北本線ウォーク(前沢=>(国道4号線歩道橋))


線路沿いを歩いていきます。

こちらは旧前沢町役場。
奥州市は2006年に水沢市・江刺市、胆沢郡前沢町・胆沢町・衣川村の2市2町1村が合併してできました。
ちなみにあの「前沢牛」の前沢です。

建物と歩道の間に花壇があります。マリーゴールドかな!?!?

線路を隔てる柵のところにはコスモスが咲いていました。

県道243号線に出ます。


岩堰川にはカモがいました。

歩道のガードには牛さんがいます。

県道243号線を歩いていきます。

国道4号線に入ります。

歩道橋を歩いて反対側の歩道に行きます。

平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。
実はタイミングはバッチリだったのにカメラの操作に失敗して中途半端な写真になってしまいました…。まだまだ修行が足りませんね…。(笑)
つづく。
防寒グッズ

スリッパを買ってもらいました。なんとヒョウ柄…。
ちなみにうちの母はいわゆる「大阪のオカン」ではございません…。(笑)

リビングのカーペットも新しくなりました。

なんと足跡がくっきりと残ります…。百列キック!?!?(笑)
今年こそは、冬にかぜをひかずに乗り切りたいものです…。
つづく。
鏡開き

お正月、鏡餅は仏壇とリビングに置いてありました。

北海道産の小豆「大納言」。平安貴族みたいな品種の名前ですね…。
「小豆」と書いて「あずき」と読みます。
ちなみに、「大豆」と書いて「だいず」と読みます…って、そのくらいは普通ですか…。6(^-^;;;;)

ぐつぐつ煮ました。母が。(笑)

鏡餅を切りました。自分が。(笑)

餅を焼いておしるこに入れました。母が。(笑)

みんなで、いただきました。甘さひかえめです。(笑)
また来年おしるこが食べられますように。(^-^)
つづく。
東北本線ウォーク((牛の博物館)=>前沢)




坂を下っていきます。


線路沿いを歩いていきます。


国道4号線を渡ります。


南方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。


線路近くを歩いていきます。

線路沿いを歩いていきます。

前沢駅に到着。
つづく。
牛の博物館



こちらが牛の博物館。

しかし撮影禁止…。ということで、じっくり見ることができました。(笑)



資料はだめですが、外に向かってなら…。
と、思っていたら、ちょうど平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。


記念スタンプを押しました。


外には牛の彫刻があります。
つづく。
東北本線ウォーク((平泉バイパス北口交差点)=>(牛の博物館))


南方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。

平泉町から奥州市に入ります。

県道237号線を歩いていきます。


水沢・北上・花巻・矢幅・盛岡方面に向かって701系電車が走っていきました。


牛の博物館に向かって坂を上がっていきます。


結構高台にも関わらず水田があります。ポンプで水を引いているようです。

牛の博物館があります。
つづく。
東北本線ウォーク((中尊寺交差点)=>(平泉バイパス北口交差点))

県道300号線(奥州街道(陸羽街道))を歩いていきます。

衣川にかかる東北本線の橋梁が見えます。


県道300号線(奥州街道(陸羽街道))を歩いていきます。



平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。


衣川を渡ります。
衣川とはあの源 義経が藤原 泰衡に攻められて自害したと伝わる「衣川の戦い」の衣川です。





県道300号線(奥州街道(陸羽街道))、県道37号線を歩いていきます。
つづく。
中尊寺(旧金色堂覆い堂=>中尊寺交差点)



こちらは大長寿院。

白山神社への近道は木の根がすごいです…。足がひっかかりそうです…。


近道しないで行くと、釈迦堂があります。




参道を歩いていくと白山神社の能楽殿があります。

こちらは白山神社本殿です。中尊寺の奧に白山神社があります。
実はお寺と神社は協力関係にあって、同じ場所にあることはおかしなことではありません。
大きな寺社仏閣でなくても、お寺の境内に稲荷神社とか、神社の境内に地蔵堂とか結構あります。

こちらは白山神社十二支一台守護神社というそうで、各々の干支のところへお参りするそうです。



こちらは弁財天堂。

福地直哉と伊藤雅休という俳人の句碑があります。


東物見台から東北本線の線路が見えます。

南方面に向かってEH500形電気機関車に引かれたコンテナ貨物列車が走っていきました。

遠藤梧逸という俳人の句碑と西行法師の歌碑があります。


月見坂を下って中尊寺交差点に出ます。
中尊寺金色堂はまさに「黄金」でした…。
またいつか平泉に参ります。
つづく。
中尊寺(本堂=>旧金色堂覆い堂)



本堂の近くの峯薬師堂池のこのカエルさん、なんとGoogleMapに「峯薬師堂池のカエル石像」と記されています…。


こちらがその峯薬師堂。


こちらは大日堂。


こちらは鐘堂。閉じられています。



金色堂の手前にある讃衡蔵で金色堂の拝観券を買って、金色堂を見る前に讃衡蔵で中尊寺に関して学んでいきます。

讃衡蔵の向かいに阿弥陀堂があります。


こちらで拝観券を見せます。

そしてこちらが中尊寺金色堂。見えているのは金色堂の覆い堂です。
開いているところは出口で、入口は階段を上がってこの写真で覆い堂の左側を歩いたところにあります。
仏像もお堂も金箔で覆われていて螺鈿細工もあったでしょうか…。

こちらは経蔵。


こちらは関山天満宮。


こちらは松尾芭蕉像。

そしてこちらは鎌倉時代から1963年までの金色堂覆い堂。
現在の覆い堂を建てるときに移築されたそうです。
つづく。
中尊寺(弁慶堂=>本堂)


あずまやがある場所から東北本線の線路が見えます。
衣川にかかる橋梁から前沢駅方面に向かってのところが見えていますが、前沢駅はもっと先にあります。
牛の博物館はあの小高い丘の上あたりでしょうか…????

参道を歩いていきます。

地蔵堂の向かいは柵が立てられていて行くことができません…。

こちらは地蔵堂。


積善院はお休み処のようです。「柳原白蓮の書を展示しています」とのことでした…。(2017/9/17)


こちらは薬師堂。


こちらは観音堂。


そしてこちらが中尊寺本堂。

釣鐘があります。
つづく。
中尊寺(中尊寺交差点=>弁慶堂)

中尊寺交差点をくぐります。

牛の博物館の案内があります。あの「前沢牛」の前沢にあります。

月見坂を上がっていきます。
が、まずは写真右側のお地蔵さんに手を合わせました。

結構急だったりします…。

中尊寺のトラックが月見坂を下りて行きました。

参道から東北本線の線路が見えます。


途中で分かれている方を上がっていきます。

こちらは八幡堂。

月見坂と合流します。


弁慶堂の入口があります。

撮影パネルがありますが、弁慶の足元のCMはフィルムですよね…。

こちらが弁慶堂。写真右の御朱印をいただく受付の後ろ側にひっそりとお地蔵さんがいます…。
つづく。
無量光院跡・高館義経堂

こちらは無量光院跡。

池の中央に建てられていたようです…。

埋め立てられていたんでしょうか…????


無量光院跡のバス停からさらに歩いていくと、高館義経堂(たかだちぎけいどう)への入口があります。


坂を上がっていくと入口があります。


こちらが記念スタンプ。

入口から上がっていくと、あずまやがあります。

松尾芭蕉の句碑があります。「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句はここで詠まれたのでしょうか…。

こちらは頼 三樹三郎(らい みきさぶろう)の詩碑。

義経堂の手前に資料室があります。少しだけ勉強していきました…。

資料室付近から北上川が見えます…。

こちらが義経堂。
ここが源義経が妻子とともに最期を迎えた場所とのことです…。
ということは、ここで弁慶も立ち往生でしょうか…!?!?

中尊寺へ向かうため高館義経堂を出た時に気が付いたのですが、この石碑の説明が特になく誰の歌碑か句碑か詩碑か謎です…。
毛越寺や中尊寺は駅の西側ですが、こちらは東側にあります。
とてもひっそりとした場所です…。
つづく。
東北本線ウォーク(平泉=>(中尊寺交差点))



県道110号線を歩いていきます。

平泉・一ノ関方面に向かって701系電車が走っていきました。

県道110号線を歩いていきます。

県道110号線の西側に無量光院跡があります。

無量光院跡から少し歩いたところに高館義経堂(たかやかたぎけいどう)があります。

県道110号線を歩いていきます。

中尊寺道踏切を渡って中尊寺へ向かおうと思っていたら、工事中で通れませんでした…。(2017/09/17時点)

もっと先から遠回りするかと思って歩いていたら、歩行者専用の通り道がありました。


東北本線をくぐると、平泉文化史館の駐車場に出ます。


中尊寺交差点を渡ると中尊寺の参道の入口があります。
つづく。
毛越寺(東門跡=>平泉駅)




こちらは州浜と出島と池中立石。立石は東日本大震災の時に傾いてしまい、元に修復されたそうです。
大泉が池の周りをもう1周時計回りで進んでいきます。

うろの中にお賽銭がありました。

こちらは経楼跡。

大泉が池の周りを時計回りで進んでいきます。

大泉が池にも中島があります。


もみじはまだまだ青々としていました。(2017/10/1時点)

こちらは宝物館。

十分見たと思ったのですが、嘉祥寺跡を見逃していたことに気が付きました…。

「中尊寺通りホコ天まつり」は終わっていました…。

平泉駅に到着。
毛越寺にお越しの際は、ご本尊のお隣のお地蔵さまにも手を合わせてください…。
またいつか平泉に参ります。
つづく。
毛越寺(金堂円隆寺跡=>東門跡)




遣水は大泉が池に注いでいます。

こちらは鐘楼跡。

大泉が池を時計回りで進んでいきます。

こちらは常行堂。

こちらは鐘楼堂。


こちらは常行堂・法華堂跡。

対岸に南大門跡と本堂が見えます。

大泉が池を時計回りで進んでいきます。

こちらは東門跡。



観自在王院跡の方を見ると、パラグライダーが見えました。
つづく。
毛越寺(観自在王院跡=>金堂円隆寺跡)

観自在王院跡を過ぎて、毛越寺(もうつうじ)に入ります。

門から境内まっすぐ歩いていきます。少し先のところにスタンプ台があります。

こちらが記念スタンプ。

こちらが毛越寺の本堂。

本堂へ入れました。
ご本尊の隣に、東日本大震災の津波で流された陸前高田の松の木でつくられたお地蔵さまがおります。

こちらは南大門跡。ここから時計回りで進んでいきます。

こちらは築山。

大泉が池からはなれて写真の左の道へ進みます。

こちらは開山堂。

大泉が池を時計回りで進んでいきます。

経楼跡を過ぎていきます。

こちらは講堂跡。

こちらは金堂円隆寺跡。
「〇〇跡」が多いです…。
つづく。
毛越寺(平泉駅=>観自在王院跡)

平泉駅を出発。

「中尊寺通りホコ天まつり」が開かれていました。


県道31号線を歩いていきます。



毛越寺の手前に観自在王院跡があります。

中央には舞鶴池があります。

入口方面の対岸にお堂があります。

舞鶴池の周りを歩いてみました。

1本だけものすごく曲がった松の木があります…。

舞鶴池の中に小さな島がありますが、柵が建っていて渡ることができません。あと、この島の名前がわかりません…。
メモとして案内板の写真をもっとアップで撮っておけばよかったですね…。
つづく。
平泉駅

こちらが平泉駅


郵便ポストの上にあるのは国宝の「金銅華鬘」のレプリカ。本物がここにあるわけがないです。(笑)

もちろん「東北の駅百選選定駅」ですよね。


入口から入ってすぐのところにスタンプ台があります。


こちらが駅スタンプ

駅舎と待合室は北上・盛岡方面のホームのほうにあります。


こちらは太平洋戦争時の平泉駅連絡橋の階段の手すりと銃弾のようです。


義経と静、SL銀河号のパネルで記念撮影もできます。

そしてこちらは「無事カエル」さんですね。
中尊寺、毛越寺(もうつうじ)、高館義経堂(たかだちぎけいどう)など、見どころ満載です。
つづく。