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あれから8年(後編)

 
 
2016年5月から6月、郡山駅から福島駅まで、除染作業の看板をよく見かけました。

確か「除染作業」とは、あのときの水蒸気爆発で広範囲に降り注いだといわれる放射性物質を、表層の土ごと削って撤去してドラム缶か何かに詰めてまとめておく作業だったと記憶しておりますが、「狭い日本」と言われるとはいえ、それでも広域の除染作業は重労働だと予測できます…。

そして事故から8年経過してやっと格納容器の燃料デブリに触ることができたと報じられていました…。

ちなみにそこは人間なら数時間浴びれば死ぬレベルの放射線を出し続けているらしいですが、確か何年か前に調査のため原子炉に近づいていたロボットが途中で転倒してしまい、立て直すことも回収することもできずにそのまま放置ということを聞いたことがあります…。

非常に強い放射線の中、遠隔操作で燃料デブリ取り出し…。それだけ困難な作業だと言われています。

仮に燃料デブリを全て撤去できなかった場合、チェルノブイリのように分厚いコンクリートで覆うか、スリーマイル島のように冷却し続けるかの2択らしいです。

現状でもすで燃料デブリを冷却する汚染水は溜まり続けていて、その汚染水の一部を海へ放出するという話も聞きました。

詳しくはわかりませんが、その放出予定の汚染水とは個人的に予想しているのは「放射性物質は含まれないものの、放射性物質に触れた水」ですが、もしそうだとしても、それは誰が検査して判断するのか。放射線に詳しくないことで抱くやみくもな不安から、それぞれの考えが分かれてコミュニティーが分断されれていく状況で、政治家をはじめ電力会社経営者連中等々高みの見物をしているだけでだれ一人責任をとらない昨今の状況で、その判断をだれが信用するものか…。

おそらく自分の寿命が尽きるころでも原発事故は全く解決しないんだろうな…とは思っていますが、ただ、こうは書いてもこの付近が故郷の方々がいて、自分も歩かせて写真を撮らせてブログの記事にさせていただいていて、そのことを思うと非常に複雑な心境です…。

 
東北本線を歩き通して岩沼駅まで行きましたが、いつか常磐線沿いも歩き通して「岩沼駅へ到着。」とブログやSNSに書いてみたいです。

2020年3月末ごろにいわき駅から岩沼駅まで全線復旧らしいのですが、おそらく行き止まりだらけですぐに歩くことは厳しいでしょうね…。

 
 
 
2016年7月、仙台空港アクセス鉄道へ行きました。空港ビルも被災していました。

空港までの途中の貞山堀にかかっている橋のライトの支柱が放置されたままでしたが、人がよじ登ってゆすったくらいで曲がる強度のものではないので、いかに津波の威力がすさまじいものだったかがわかるかと思います…。

 
仙台城本丸に塔が建っているのですが、その手前にある鳶の像は本当は塔のてっぺんにあったらしいのです。東日本大震災の巨大地震で落下してしまって、塔の手前に設置されているようです…。

てっぺんにあった頃に写真を撮っておきたかったのですが、それはもうできなくなりました。そして、今後てっぺんに設置しなおされるかどうか今のところ不明です…。

 
 
 
 
2016年9月、東北本線塩釜駅・松島駅、仙石線本塩釜駅・松島海岸駅へ到達。道路は津波到達の標識、建物は津波の到達水位の表示だらけでした…。

鹽竈神社は高台にあるため、まず津波が来ても本殿が被災することはなさそうですが、瑞巌寺はかなり海に近くさほど高台ではない場所にあります。

参道と杉並木は被災したようで修復工事が行われていましたが、本堂は無事だったようです。そして海沿いの小島にある五大堂も津波を受けたようには見えませんでした。

かたや、10mの防潮堤を越えた津波の被害にあったという話も聞いたことがあり、この差は何なんだろうと、思ってしまいます…。

 
 
 
東松島市の東名地区と野蒜地区。旧野蒜駅は「震災遺構」として残されているそうです。

ちなみに旧駅舎は2016年に行ったときはファミリーマートが入っていました。

 
 
仙石線の高台移転した高架と旧線の線路跡。列車から見た方がわかりやすいですが、道路に沿って通っていたことがわかります。

安全を考えたら高架のほうがいいのですが、やはり歩いていて物足りない感じはしました…。

列車が地上を通っていたころに訪れていなかったことが悔やまれます…。

 
旧北上川河口の中瀬に建っているのが、石ノ森萬画館。

津波で1階フロアが浸水してがれきだらけになったらしいのですが、そのときのお客さんとスタッフさんたちは避難して全員無事だったそうです…。

 
石巻市総合運動公園には、東京の明治神宮外苑の国立競技場にあった聖火台があります。

それにしても「復興五輪」という言葉を耳にするのですが、あれは一体何なんでしょうね!?!?

2017年にこの石巻市総合運動公園へ行ったときにはまだたくさんの仮設住宅が残っていて、そこには自動車も駐車していてまだ無人ではないことが想像できました。

そして旧北上川沿いのデイリーヤマザキで、津波被害からお店を立て直したお話を聞かせていただきましたが、とても大変なことです。

個人的には、未だ生活もままならないのにオリンピックに大工さんも資材も奪われて、そののせいで生活再建が進まないのかと思えば、「復興」という言葉が付けられることに腹立たしさを感じてしまいます。

新国立競技場建設や、エンブレムデザインのゴタゴタを見聞きするうちに、実際に福島、仙台、多賀城、塩竈、松島、東松島、石巻、女川へ行くうちに、東京オリンピックへの思いが、徐々に変わっていきました…。2013年の決定を喜んだことが、なんだかむなしく思えます…。

ただ、五輪の新規競技場建設こそが逆に復興を妨害しているように思えてならないにしても、建設現場の作業員の方々には無事に作業をしていただきたいですし、その新たな競技場で競い合うアスリートの方々には、日々研鑽を積み続けてその成果をオリンピックで発揮していただきたいという思いもあります。

2018年は花粉の時期が過ぎた5月に大きく躓くような出来事があってあまり外を歩きにいくことができなかったのですが、2019年はまた歩いては考え、考えては歩いてを繰り返して行けたらと考えております…。

あ、「ミニチュアを並べて写真を撮っては考えて、考えてはミニチュアを並べて写真を撮って…」もやっていきます。6(^-^;;;;)

たかがミニチュア、されどミニチュア。あれはあれでなかなか奥が深かったりするのです…。

平日は会社に行っているので限られてはいますが、それでも好きなことを好きなだけさせてもらえる現在の状況はとても幸せなことなのです…。

改めてですが、1日1日を精いっぱい大事に過ごしていこうと思っています。
 
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